« 宝石箱 | トップページ | 南三陸の今と陸羽東線撮影の旅 まとめ2 »

2017年3月13日 (月)

南三陸の今と陸羽東線撮影の旅 まとめ1

3月11日、12日、東日本大震災で大きな被害を受けた

宮城県南三陸町、そして沿線に温泉街が多くある陸羽東線を

撮影するツアーを開催させていただきました。

3月11日という日に、南三陸町にいられたことは

とても大きな意味をもち、震災から6年が経った今の現状を知ることができました。

現地に行かなければ見えてこない事実を肌で感じることが

何よりも重要なのではないかと思います。

01_dsc5927_h_3南三陸町防災対策庁舎。

南三陸町志津川に残る骨組みだけの建物です。

この建物は3階建てですが、津波は建物ごと飲み込みました。

志津川にはこの防災対策庁舎の骨組みと高野会館

2つの建物が残されています。

02_dsc5990_h

志津川の町の中心部。

津波は町ごと飲み込んだことがよくわかります。

かつての街は、建物が密集するくらいに立ち並んでいました。

03_dsc5985_h

画面のほぼ中央、緑のフェンスのすぐ左にあるのが

JR気仙沼線、志津川駅のホームです。

6年が経った今の現状です。

時の流れは早いのか遅いのか、

この街の景色を見るたびに考えてしまいます。

04_d8e8866_h

2:46、南三陸町での追悼式に参列させていただきました。

ツアーご参加のみなさまと黙祷させていただきました。

実は追悼式に行くのは初めてだったのですが

雰囲気としては厳粛な空気もありますが

追悼に来てくださったみなさまをお迎えする、という雰囲気で

みなさんで2:46、黙祷を捧げましょうというお気持ちを強く感じました。

参列させていただけたことは、本当に大きな意味を持ちました。

05_d8e8778

清水浜駅。

津波はこの駅を軽く乗り越えています。

現在、付近はBRT専用道を建設しているようで

この駅が取り壊されるのも時間の問題と言えそうです。

06_d8e8802

清水浜駅の近くにある神社です。

この神社にも避難した人がたくさんいます。

波は神社ぎりぎりの高さまできましたが飲み込まれませんでした。

この場所に神社が建てられたことは、神様はこの3月11日のことを

知っていたような、なんとも不思議な気持ちになりました。

(つづく)

|

« 宝石箱 | トップページ | 南三陸の今と陸羽東線撮影の旅 まとめ2 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 宝石箱 | トップページ | 南三陸の今と陸羽東線撮影の旅 まとめ2 »